映画『ハーダー・ゼイ・カム』

INTRODUCTION

ジャマイカ製作の『ハーダー・ゼイ・カム』を単にレゲエ映画と呼ぶべきではない。映画が製作された72年当時は泥沼のベトナム戦争末期であり、ハリウッド映画でもアンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドの作品が世界的に評価された時期。例えば『俺たちに明日はない』(67年)、『イージー・ライダー』(69年)、『いちご白書』(70年)、『バニシング・ポイント』(71年)などを始めとしたいわゆる反体制的な映画で、主役の若者が体制に向かって刹那的に闘いを挑み悲惨な結末を遂げるというストーリーである。この『ハーダー・ゼイ・カム』も主役のアイヴァン(ジミー・クリフ)が自分の写真を撮り新聞社に届けるのは『俺たちに明日はない』と同じだし、サントラで使用されている曲「メニー・リヴァース・トゥ・クロス」や「ハーダー・ゼイ・カム」がヒットするのも『イージー・ライダー』や『いちご白書』などともピタリと一致するわけで、決してジャマイカ・ローカルの映画ではないのだ。

この映画が日本で初公開された78年は、ようやくレゲエとジャマイカが世界に認知され、ボブ・マーリィがワールド・ツアーで日本にやって来る1年前でもある。たしか配給会社はキティ・エンタープライズで、井上陽水などのアルバムをリリースしているレコード会社の系列だった。この映画でジャマイカとレゲエを知った人たちは多い。

その後に製作された映画『ロッカーズ』との違いは『ハーダー・ゼイ・カム』がジャマイカ人監督によるジャマイカ初の劇場映画であるということ。ジャマイカには映画産業は存在しないが、世界有数の音楽インディーズ・レーベルが今でもひしめいている。この映画製作当時のビバリーズ・レコードのレスリー・コングやダイナミック・サウンズのバイロン・リーなどのプロデューサーたちが音楽で全面的に協力し、製作総指揮のクリス・ブラックウェルは、アイランド・レコードの創業者(現在は売却)という完璧なスタッフだから、劇映画でありながら当時のジャマイカ音楽シーンを記録したドキュメンタリー的な面も観ることができる。何と言っても全編に流れる黎明期のジャマイカ音楽が素晴らしく、時を経た今も色あせない曲は世界中のクラブやラジオで流れている。

また個人的にはこの映画に出てくるジャマイカ人の存在感がリアル過ぎる。レコーディング・シーンには若き日の友人の顔も見える。主役のジミー・クリフとホセ役のカール・ブラッドショーとも多少の知り合いだ。ジミーは澄んだハイトーンで唄うたくさんのヒット曲を持ち、ボブ・マーリィ亡き後を代表する世界的なレゲエ・シンガーで何度も来日しているし、僕も91年に来日コンサートをやった。カールは僕が監督したジャマイカのドキュメンタリー映画『Ruffn'Tuff』の表彰式で盾を手渡してくれた俳優であり、ハリウッド作品にも出演している男だ。

監督ペリー・ヘンゼルのインディーズ映画として製作され、カルト・ムービーとして実に40年の時を越えても不思議なことに古さを感じさせない『ハーダー・ゼイ・カム』。それは、この映画の根底にあるジャマイカが抱え続ける貧困と、今なお大衆に支持されるレゲエの持つパワーとリアリティがフィルムに記録されているからだろう。

この映画が今また再公開されるが、東アジアの緊張やウクライナの紛争がロシア、ヨーロッパ、アメリカを巻き込んで将来への不安をかき立てている現在は、何となくあの時代に近いのかもしれない。

昨年(13年)ジミーにインタヴューをした時に「『ハーダー・ゼイ・カム』の続編を作る気はないか?」と言われた。彼にとってもこの映画は現在なのだ。

― 石井志津男(OVERHEAT RECORDS音楽プロデューサー)


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